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「セント・デイヴィッズはイギリスでいちばん小さな都市(city)です。」 そんな客寄せフレーズにみごとにつられてペンブロークシャーに2泊3日で行ってきた。
人にもまれる毎日の生活。イギリス人は田舎好きである。「リザーブド」だといわれるイギリス人も日本人とどこか似ていて人疲れするのだろうか。ところが東京もど真ん中生まれ育ちの私は、田舎が大の苦手だったのである。だからこちらに住んで10年を軽く超えるが、田舎の楽しみはほんの4、5年ほど前に人口2000人ほどの小さな田舎町に移り住んで、必要にせまられてしぶしぶ車の免許をとってから覚えたものだ。
訪れたセント・デイヴィッズはわが愛すべき田舎町と同規模だが、15世紀以来聖堂(カテドラル)があり、それゆえ、小なりとも「都市」なのである。近くにはホワイトサンズという海岸があり、ウォータースポーツのさかんなところでもある。
イギリスの田舎道を何時間もひたすら走る。もちろん車でね。 ペンブロークシャーがどこだかみなさん御存知だろうか。イングランドの西にウェールズがあって、そのウェールズの西側には大西洋が広がっていて、その海岸線は真ん中で弓のようなきれいな弧を描いていて、南端は海に向かって突き出したような形をしている。ここがペンブロークシャーだ。
イギリス―私にとってはイングランド、ウェールズとスコットランドを合わせたグレート・ブリテンのことだ―はほんとうに田舎がりっぱだ。堂々としている。ほんとうになんにもない。そしてそれがじつに自慢の種なのだ。 日本では 「行ってもなにもないよ」 という言葉でやんわり行かないほうがいいよとアドバイスされるのがおちだろう。
ところがイギリスでは違う。イギリスでいちばんいいところはカントリーサイド、すなわち田舎なのだ。市街を少し出てしまえば、すぐに一面の田園風景が広がる。秋の黄金色の畑に刈り取られた干草が車輪型にまとめられて点在して、その上に奇妙な形の雲がもくもくとする青空。スロードライブがこれほど楽しいところはないだろう。
旅の先は気になるが、小さな小さな町で昼ごはんを食べる。日曜日にサンデーローストを食べにくる客でいっぱいだ。誰も彼もがウェルシュ(ウェールズ語)で話している。こちらが日本語で話し出すとお互いに「え?」という感じである。 おじょうちゃん用にポテトおまけ、といいながら長身のシェフがウィンクしてよこす。グレーヴィーをかけてもらうの、もらわないのでもめる母娘のためにわざわざソースを銀器に入れて添えてくれたローストビーフが絶品で、誰も知らない街で宝物をみつけた気分になった。 お天気の怪しいスノウドニアを超えながら、うねうね山道をひたすら走りに走ると今度はカーディガン湾の美しい海岸線に沿い、南下する。何時間も走ってやっと着いた。 なにもない野原の中に泊まると夜に風が鳴る。 朝の霞む空気。 海岸では晩秋の太陽を浴びて子供たちがウェットスーツで海に入っている。 犬につれられて散歩に出る老人。 ごちゃごちゃと一家総出。
ほんとうになあんにもしないことが田舎を楽しむことなのだ。
海岸のふちは砂丘になっていて、荒々しい崖が砂浜と砂浜と砂浜を分けている。海岸線に沿って通されたフットパスを歩けば、灰色の岩崖に青緑色の波が砕ける。
自宅に帰る。荷物をほどいて、伸びやかな笑顔をそっとしまって、くちぐせの「宿題やったの?」を口の中で唱えてみる。ハイスクールで小生意気なティーンエイジャーどもを相手に丁々発止の日々を送っているとそうそうホリデーぼけもしていられないのだ(でもその小生意気さがいいのだけれどね)。 セント・デイヴィッズでみつけた海色のグラスを棚にそっとのせる。
今度は夏にホワイトサンズに行ってみよう。イギリスの海は夏でもきりりと冷たい。ほの暗い水のなかで白く美しいのはアザラシだ。こんどはあの海に潜ってみたい。運がよければイルカと泳げる。
それからスノウドニアを超えて、あのローストビーフを食べにいくのだ。こんどはウェルシュを覚えていって、あのシェフに「ポテトおまけしてね」とウィンクしてみようかしら。
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